2.港自治会 

小さな集落・港自治会

港自治会長 池田 正男

 私たち港自治会(以下村)は、池上の東、糯ヶ坪の南にあり、村の北・西縁を田松川が流れ、南は、県道池上・杉線が走ります。面積は、約1.92、市営港住宅9戸を含め、平成237月末現在、住民総数58人、31世帯、高齢化率(65歳以上)校区145.6%です。ほとんどが非農家です。保育園児・小学生は零。高校生は1名。中学生が2名です。

さて、港(湊)という不思議な自治会名は、明治9年、川路を利用して篠山から三田まで、川舟で物資を運んだ港に由来します。当村の北西隅周辺が、舟に荷を積み、降ろす「糯ヶ坪浜問屋」や「水門」がありました。

 村は、明治の終わり頃、新しく開かれた土地に各地から人々が集まり、できたようです。私の祖父は、愛媛県内子町から、阪鶴鉄道(現福知山線)の技師として、篠山へ来て、住みついたと聞いています。

 その後、村は戦前大変栄えましたが、今はその面影は有りません。ただ、公民館に飾られた1枚の感謝状に栄華が偲ばれます。それは、昭和12322日、八上尋常高等小学校(現在の八上小学校)の建築に際し、当時のお金で、五十円を、婦人会が寄贈したというものです。一般の住宅が千円で建った時代に、六万円かけて建ちました。今では『価値ある木造校舎』として全国でも貴重な校舎と言われています。

 子供の最も大切な時期を過ごす校舎に、高額な寄付をした村を誇りに思います。しかし、学校に通う小学生がいないことは非常に残念です。

 今年は、十数年ぶりに、行き先、旅程等を皆で話し合い、5月に玉造温泉と出雲大社、12日の笑い笑いの続くバス旅行を行いました。