なつかしの「昔八上」を訪ねて・・・

なつかしの「昔八上」を訪ねて・・・  

糯ヶ坪自治会長  大森 作之  

    ふるさとは年月を経るほど、一層なつかしく、偲び思い出されるものです。自分の幼かった頃の風景が目を閉じれば、頭の中にはっきりと浮かび上がってきます・・・。

    でもこの風景を後世に伝えるすべは、今はアルバムに仕舞われてしまった古い写真にしか残っていません。この貴重な資料が失われようとしています。一度無くせば、二度と日の目をみる事はないでしょう。糯ヶ坪地区では、先人が築き上げた八上の「歴史遺産」を残すべく保存の活動をしています。この活動を八上全体に広げましょう!永遠に失われる前に!

    広報誌「やかみ高城」に、提供頂いた貴重な八上昔風景をシリーズで掲載をします。ノスタルジーを感じつゝご高覧下さい。

【お願い事項】→お家に古い写真があれば、所属の自治会長さんにお渡し下さい。データとして保存をした上で返却致します。 ・・・但し、公開されても良いとの承諾が前提条件です。


「王地山より京口橋、糯ヶ坪方面を望む」(昭和初期)
【解説】京口橋南詰めから京都方面への街道(旧・山陰街道)は、一本の道しかありません。京口橋はコンクリート橋に架け替えられています。篠山川の堤防は、まだ出来ていません。